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2012年04月13日   Mourning dress
2012年04月13日   Long-sleeved kimono
2012年04月13日   Tome-sode kimono

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Mourning dress

現代の日本において、喪服は黒や薄墨色が一般的です。また、和服の場合は喪主と喪主の配偶者が白を着用することもあります。逆に赤などの派手な色はふさわしくないとされています。なお、喪主の家族・親族または会葬者で学生・生徒・児童・園児などがいる場合で学校などの制服がある場合は、その制服を着用することが多いようです。また、警察官・自衛官・消防官・海上保安庁等の官公庁職員等の葬儀で部隊規模での参列の場合、同僚等は喪服の代わりに制服を着用して参列する事が多いです。その場合、記章・略章等を外す事が望ましいようです。

本来喪服とは、遺族が「喪に服している」ということを意味するもので、正式と略式と呼ばれるものがあり、親族は正式のものを着用します。洋装を着用する女性は、真珠、黒真珠、ジェットのアクセサリーを1連のみ付けることができます。2連以上のものは「悲しみが繰り返す」といわれ忌避されています。鞄は留め口などに金属を用いない布製が良いとされ、皮製品は仏教における殺生を連想される理由から、色が黒であっても身に付けない方が無難です。

Long-sleeved kimono

振袖は、未成年の者が着る和服です。袖の「袂」が長いためにこの名があります。現在では未婚の女性が、裾模様の黒留袖や色留袖、訪問着に相当する格式の礼装として着ることが多いようです。なお、振袖を着用する機会として、現在もっともポピュラーな場は成人式であり、それに次いで結婚式の披露宴です。未婚女性が祭礼や儀礼的な場面で着用する正装の晴れ着である和服が振袖です。

振袖の特徴は袖の「袂」が特に長いことにあります。袖に腕が入る方向に対して垂直方向の袂の長さが袖丈です。和裁においては袂はその長さにより「大振袖」(袖丈114cm前後)「中振袖」(袖丈100cm前後)「小振袖」(袖丈85cm前後)に分類されます。身頃に近い方の袖端を縫い付けずに開けている部分を振八つ口といい、振袖も振八つ口を持ちます。江戸時代の初期、留袖には振八つ口がなく、「振八つ口が開いている服」を振袖と呼んでいたという説があり、この説によれば、袖丈が長い和服を振袖と呼ぶようになった時期は、江戸時代に留袖に振八つ口を作るようになった後であるとされています。このような袂の長い「振袖」の和服は花嫁衣裳の打掛にもみられます。振袖は、一般的には未婚女性の和服であるため、既婚女性は通常は振袖を着ません。しかし演歌歌手など既婚女性で振袖を着る人も皆無ではないようです。現在では最も袖丈の短い小振袖はほとんど着用されませんが、格式があれば中振袖でも第一礼装とし通用するとされ、一般的な大振袖より格が落ちるわけではありません。

振袖の歴史

振袖の元になったのは、振八つ口のあいた子供用の小袖です。稚児大師図などに見られるように、子供の小袖は中世の時代は体温を逃がす振りの八つ口をあけていたそうです。それに対し大人の小袖は袂が短いのが古くからの形でありました。時代の変遷により平和な時代が到来すると、大衆が身繕いをするようになり、普段着以外の正装や晴れ着が出現しました。元は男女とも和服に振袖を採用し、振袖火事の原因と伝えられる紫縮緬の振袖も少女が意中の若衆の衣装を写して着用したものといわれ、色柄や構造に男女差がほとんど無かったことが伺えます。現在振袖と呼ばれている和服が発生した時期は、江戸時代。江戸時代前期に、若い女性が着る正装の和服の袖丈が徐々に長くなっていきました。元禄時代には袖丈は55cmから95cmくらいだったのが、江戸末期には袖丈は95cmから122cmくらいになったといわれています。明治時代以降、未婚女性の華やかな正装として定着していきました。袂が長くなると布の面積があるため一層華やかに見えます。しかし、丈が長くなればなる程動作や作業の邪魔になることが多くなります。日常の普段着では長い袖丈は着用されませんでした。その後女性の衣装としてのみ発展し、関所を通る際は未婚女性は振袖を着用しないと通過が出来ないなど、未婚女性といえば振袖を着用するものという認識が広まっっていきました。

Tome-sode kimono

留袖は、和服の1つで、平民の既婚女性が着用する最も格の高い礼装です。着物の格においては第一礼装になり、西洋のイヴニングドレスに相当するもの。元々、江戸時代には若年者が着用する振袖の長い袖を結婚後に留めて短くし、身八口を縫い留める習慣があり、これらの着物を柄いきに関わらず全て「留袖」といっていたそうです。ここから「留袖」と言う名称自体がやがて「既婚女性の礼装」と言う意味に転じていきました。現在「留袖」と言われているのは、化政文化華やかな頃、江戸で芸者から流行が広がった江戸褄と呼ばれる下半身部にのみ模様の入った着物を指します。また八掛は「無垢仕立て」と言って必ず表と同じ生地を用いて仕立てられています。この場合この表からは見えない八掛にも模様が入ることがあるようです。

黒留袖

結婚式などに既婚の親族女性が身に付けることが多い「黒留袖」は地色が黒、濱縮緬や丹後縮緬などの地模様のない縮緬を用い、裾に模様が入っており背中・両後ろ袖・前胸元に合計5つの家紋が入ります。

色留袖

黒以外のものは「色留袖」と呼ばれ、その着用目的などにより5つに限らず3つ紋・1つ紋などの数が少ないもの、または無紋のものあります。生地も黒留袖のような一越縮緬だけではなく地模様が織り出された紋意匠縮緬や綸子や緞子、朱子地を用いる場合もあります。留袖は本来既婚女性のものですが、近年では未婚女性が礼装として着ることがあるようです。これは元々比較的高齢の未婚女性が振袖を着るのがためらわれる場合など、こういうときは訪問着を着用するところを比較的控えなものにするため、年齢相応の落ち着きを表すためということで未婚女性に着られるようになったという経緯があります。また、宮中では黒は喪の色とされているため黒留袖は用いられず色留袖が用いられています。皇族の方が留袖をお召しの場合や、一般の者でも叙勲などで宮中に参内する場合は色留袖を着用するのが慣例になっています。
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